立ち止まることで見えてくるもの
- 研究会 カウンセリング
- 2020年5月26日
- 読了時間: 3分
玉川聖学院 教育相談顧問 水口 洋
キリスト教学校で働いておられる皆さん、いかがお過ごしでしょうか。新型コロナウイルスの蔓延は、一人一人の生存を脅かすだけでなく、皆様が勤務されている学校の教育、及びそこに学ぶ児童・生徒・学生たちの教育権を脅かしています。
科学的検証のないまま、突然の首相による臨時休校要請が出されて3ヶ月が過ぎようとしています。この間、子どもたちの教育を受ける権利が奪われているにもかかわらず、その謝罪から始めるべき文科大臣の指示は、本来取り組むべき喫緊の課題を蔑ろにするかのように、突然出てきたパフォーマンスに過ぎない9月入学論を、検討に値すると発言し、本当に現場の教員たちを疲弊させています。
それでも私立学校、とりわけキリスト教学校の多くは、この状況下にあっても、目の前にいなくても心に思い浮かぶ生徒たちのために、知恵を絞り、心を尽くして機会をとらえて、彼らを励まし、力づけ、明日に希望を持てるような関わりを続けておられることと思います。また再登校に向けての準備や配慮に心を配っていることと思います。心から労いの言葉を贈ります。
今、多くの学校でオンライン授業が推進され、創造的な授業が展開しています。私も大学の教職課程の講義の準備で大変ですが、こういう授業は本当に時間がかかり骨の折れる仕事ですね。それでも皆さんはきっと、少しでも生徒に届く授業を目指して、一生懸命にチャレンジを続けていることでしょう。地域、学校によってはオンラインではなくとも、何らかの生徒の学びへ支援が続いていることでしょう。また、心のケアを担当しているカウンセラーや保健室の先生方は、家族の中にいて見えない生徒たちの心と向き合いつつ、その距離感覚に戸惑いながらも手探りで相談活動を続けておられることと思います。それらの努力に心から敬意を表したいと思います。
非日常的な状態が続く中、先生方も今までとは違う疲労感に襲われていないでしょうか。学校の教師にとっては「話すこと」が日常の大部分を占めているだけに、教職員間の相互交流の機会の喪失を含めて、この非日常の時間の継続は、心身を疲弊させているのではないかと懸念します。こういうときこそ語り合うこと分かち合うことは、心身の健康のために大事なことです。互いの安否を問い合いましょう。
非日常は、日常を再吟味する機会ともなります。ちょうど病気になることで健康の価値に気づき、失うことで存在の意味を再認識するように、今はまさに私たちの日常=学校生活の本質とは何なのか再発見する場に置かれているのではないでしょうか。日常を見直す機会となれば幸いです。残念ながら現役を退いた私には直接的にはわからない、現場にいるからこそ見えてくるリアリティがあるのではないかと思うのです。それが新しく開かれるこれからの歩みを確かなものにしてくれると信じます。
皆さんは本当に心に余裕のない状況の中にあると思います。しかし、かつてフランスの哲学者パスカルは、「人の心の中には神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものによっては埋めることができない。」といいました。このような中でも少し立ち止まって、洪水のような情報や日々に襲い来る心配事を少し脇に置いて、心の中に隙間を作ることを意識してみてください。そこから入り込む新しい光や風を感じとってください。きっと、今だから見える光や風があると思います。これまでとは違った何かが発見できるような気がします。
できたらその発見を、皆さんと分かち合うときが来ますようにと切に祈っています。皆さんの歩みに心から声援を送りたいと思います。
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